日本におけるM&A最新事情

——過去最高を更新する市場拡大と中小企業の新たな選択肢
過去最多を更新するM&A市場
日本のM&A市場がかつてない活況を呈している。2025年、日本企業が関与するM&Aの公表件数は5,115件に達し、前年比8.8%増で過去最高を記録した。取引金額も35.7兆円と2024年の19.6兆円から約1.8倍に拡大し、こちらも過去最高額を更新している。フーリハン・ローキーの分析によれば、2025年の取引金額は世界のM&A市場全体(約580兆円)の6.1%に相当し、前年の4.0%から日本のプレゼンスは明らかに拡大している。
この市場拡大は一時的なものではなく、長期的なトレンドとして捉えるべきだろう。リーマンショックやコロナ禍による一時的な停滞を除けば、M&A件数は右肩上がりで推移しており、2020年の3,730件から2021年には4,280件、2024年には4,700件へと回復・拡大を続けてきた。
拡大の背景——3つの構造的要因
この市場拡大の背景には、大きく分けて3つの構造的要因がある。

第一に、経営者の高齢化と後継者不足の深刻化である。
帝国データバンクの調査によれば、社長の平均年齢は60.7歳と過去最高を更新しており、70代・80代の経営者も珍しくない。「団塊の世代」が75歳以上となる「2025年問題」を経て、数十万人の経営者が引退の時期に直面している。2024年時点で中小企業全体の後継者不在率は52.7%と依然として高水準にある。もはや「親族内承継」が当たり前ではなくなり、第三者への承継——すなわちM&A——が現実的な選択肢として浮上している。
第二に、国の政策による強力な後押しだ。
政府は2030年までに60万件のM&Aを実現するという政策目標を掲げている。全国各地に設置された「事業承継・引継ぎ支援センター」は、国が設置する公的相談窓口として、親族内承継から第三者承継までワンストップの支援を提供している。後継者人材バンクを通じたマッチングの成約件数も114件と過去最多となっている。国が運営する公的機関という安心感と、秘密厳守・無料相談という体制が、中小企業のM&Aへのハードルを大きく下げている。
第三に、経営戦略としてのM&Aの一般化だ。
日本版コーポレートガバナンスコードの改定や東証による「資本コストを意識した経営」の要請などを受け、上場企業による事業ポートフォリオの見直しが進んでいる。上場企業によるカーブアウト(事業売却)案件は増加傾向にあり、特に国内事業の売却が顕著である。M&Aはもはや「身売り」ではなく、「成長戦略」として中小企業から大企業まで幅広く活用される経営手法へと変貌を遂げている。
M&Aプラットフォームの台頭——誰でもM&Aに挑戦できる時代へ
この市場拡大を支えるもう一つの重要な要素が、M&Aプラットフォームの急速な発展だ。
BATONZ(バトンズ)
国内最大級のM&A・事業承継支援プラットフォームとして、常時41,000件以上のM&A案件を掲載し、毎月約800件の新着案件が登録されている。28万人以上の買い手候補から平均10件以上のオファーを受けられる環境を実現している。デロイトトーマツ ミック経済研究所の調査(2025年11月発刊)によれば、M&Aプラットフォーム市場におけるユーザー数・案件数・成約件数で2021〜2025年度No.1の実績を誇る。
TRANBI(トランビ)
2011年に日本で最初のM&Aプラットフォームを立ち上げたパイオニアであり、会員数は23万人超、累計案件数は25,930件に達している。2025年3月期における成約件数は529件と、前年度比で54%増という大幅な伸びを示した。特筆すべきは、未経験者によるM&A成約率が約75%に達している点だ——つまり、M&Aの経験がなくても、プラットフォームを活用すれば高い確率で成約に結びつけられるのである。
TRANBIのデータを詳しく見ると、ユーザーの中心世代は40代に位置している。30代後半から40代前半が安定して高い比率を占めており、この世代は「キャリアと資産の再設計」を目的にM&Aを選択している。また、20代は「挑戦と高速回転」を、50代以上は「事業承継と人生後半の豊かさづくり」をそれぞれの動機としてM&Aという手段を選んでいる。M&Aはもはや大企業同士の話ではなく、個人レベルの人生戦略としても定着しつつあるのだ。 地域的にも変化が見られる。これまでユーザーは首都圏に集中する傾向があったが、地方新聞社や各地の事業承継・引継ぎ支援センターとの連携強化により、2023〜2024年度にかけて全国の売却案件数は約140%増加し、首都圏以外の地域からの案件も大幅に伸びている。
具体的な成約事例——多様化するM&Aの現場

プラットフォームを通じたM&Aの現場も多様化している。
BATONZでは、創業90年の老舗仕立屋がM&Aを通じて新たな歩みを始めた事例や、岩手県の老舗時計店がEC事業を譲渡した事例、名古屋市の老舗ガラス製造会社が大阪市の製造業をM&Aで取得した事例などが報告されている。都内のITエンジニアがスマートフォン向けポイ活アプリを譲り受けたケースや、個人事業主がペットサロンを譲り受けたケースなど、個人レベルでのM&Aも増えている。
TRANBIでは、レンタルスペースや民泊事業の成約が顕著に伸びており、コロナ禍で一時的に落ち込んだものの、2023年度から徐々に回復し、2024年度にはコロナ前の水準を超えた。シェアリングエコノミー市場の拡大やインバウンド需要の回復、さらに働き方改革の一環として副業を認める企業の増加が背景にある。 また、東京都事業承継・引継ぎ支援センターでは2026年度の成約事例ページが追加されるなど、公的機関を通じた支援の成果も着実に積み上がっている。
さらなる拡大が見込まれるM&A市場
M&A市場の拡大はまだ始まったばかりだ。矢野経済研究所の調査によれば、中小企業M&Aの潜在市場規模は約13.5兆円に上るとされ、現在M&Aを実施している企業は氷山の一角に過ぎない。潜在的には約20万社以上のM&Aニーズが存在すると見られている。
レコフデータによれば、2025年度(年度ベース)のM&A件数は5,228件と前年度比10.9%増加し、取引金額は43兆334億円と同88.0%の大幅増となった。年度ベースでも過去最高を更新している。中小企業庁の分析によれば、2025年には後継者不在の企業が127万社に達するとされており、M&Aへのニーズは今後ますます高まることが予想される。
さらに、AIを活用したマッチング精度の向上も市場拡大を後押しする。バトンズは独自の売り手・買い手のニーズデータを活用し、AIによる適切なマッチングを実現している。テクノロジーの進化は、これまでM&Aに踏み切れなかった層にも扉を開きつつある。
M&Aは「特別なこと」から「当たり前の選択肢」へ
2025年の日本のM&A市場は、件数・金額ともに過去最高を更新し、世界のM&A市場における日本の存在感も拡大している。その背景には、後継者不足という構造的な社会課題、政府による強力な政策支援、そしてM&Aプラットフォームの普及による参入障壁の劇的な低下がある。
M&Aはもはや大企業だけの戦略ではない。中小企業の経営者にとっては事業承継の現実的な選択肢であり、個人にとってはキャリアや人生を再設計するための手段となっている。「誰でも、どこでも、簡単に、自由に、M&Aができる社会」——その実現に向けて、日本のM&A市場は新たな段階に入ったと言えるだろう。
(参考:BATONZ、TRANBI、事業承継・引継ぎ支援センター、東京都事業承継・引継ぎ支援センター、レコフデータ、フーリハン・ローキー、M&Aキャピタルパートナーズ、みつきコンサルティング等の公開データ・分析)

